憲法なら「日本の憲法」へ!

日本の憲法

法治国家を護る存在

我々日本に限らず、この現代社会に存在する国のそのほとんどは法治国家というスタイルの下で国政を行っています。普段、普通に日常生活を営んでいく上ではそれほどまでに強く意識することはないですが、我々の生活というのはまさに「法律」によって治められ、「法律」によって守られているというのは、紛れも無い事実です。しかしながら、こうも考えたことはないでしょうか?なぜ、そんな法律だなんていう面倒な制約を受けなければならないのか?人間は自由に生きる権利があるのではないか?という疑問です。これらの疑問は歴史上においても度々紛糾し、幾度も議論がなされてきました。そうしたことについて議論する時に、必ず登場する言葉が「自然状態」というものです。自然状態とは即ち法律等の制約がなく、人間が全員自分の思いのままに生活している状態のことを指す、政治学の大家であるホッブスによって『リヴァイアサン』の中で提唱された言葉です。そして後世の政治学者達はこぞって、この自然状態にあるとき、人間はどのような行動を起こし、どのような社会が形成されるのか、ということについて盛んな議論を重ねてきました。まず、このホッブス自身は人間について「本来平等である」としながらも、「極めて利己的である」存在として位置づけ、自然状態にあれば必ず「万人対万人の闘争」が発生してしまうと提唱しました。そのため、法律というのは全ての人間の生存権を護るために必要である、という論を持っていたのです。とはいえ、この時代における政治というのは現在のような民主主義ではなく王政なので、彼の言うところは現代にそのまま通ずるわけではありません。後の政治学者であるロックは、『政府二論』の中で、このホッブスの主張に付け加えて、人間は生まれながらにして平等であり、自由であり、同時に生命や健康、財産を侵されない権利を持つ、という自然権を提唱、政府や政治はこれらを護ること「だけ」を目的として運用されるべきとします。この時彼が加えて述べたのは、ホッブスの時代のように王政であるべきではなく、主権者と立法者は同一であり、制定された法律は制定者に対しても適応されるべきだ、という主張もしています。現代で言う処の独裁主義の否定とも言うことが出来るでしょう。そして更に後に登場するルソーは、『社会契約論』の中で、人間は本来完全に自由平等であり、それによった無秩序を防ぐことを目的として、社会契約によって政治が成り立つという理論を展開、現在のような三権分立の下にある民主主義の根幹となるような思想を発展させるのに非常に役立ちました。その後、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスという二人の政治学者によってプロレタリアート政治、俗にいう共産主義という理念が提唱され、民主主義や資本主義はいずれ共産主義へ辿り着くとしましたが、現状その理論については強い疑問が残っています。さて、このような幾人もの議論により成長し、展開してきた法治国家論、日本に置いても法律については非常に頭を悩ませる問題でありました。明治時代以前、江戸時代までの日本というのは、「朝廷」という中央機関と、「幕府」という実権期間の2つの政治中心を抱える非常に特殊な政治体制を持っていた為です。そのため、この朝廷と幕府は基本的に常にその権力を争い合い、その力が拮抗していた南北朝時代には二重支配という自体すら発生する有様です。加えて、江戸時代においては鎖国という、他国との交流のそのほとんどを絶ち切ってしまう政策が為されていたために、西洋からの文化や政治思想などがほとんど流入せず、自国内で完結してしまっていたため、それらの成長は著しく遅れたといいます。その転機となったのが、2つの出来事です。1つは開国、そしてもう1つは大政奉還。前者は、長きに渡った鎖国がアメリカの手によって解かれ、多くの海外文化を取り入れるきっかけとなり、後者は幕府の権力を全て朝廷に返すことによって、二重中央集権という特殊な状態から脱却したという意味がありました。ここにおいて明治時代へ入り、ついに日本も近代国家としての仲間入りをすることとなる「明治維新」が行われることとなるのです。この明治維新によって政治体制は大きく変化し、近代国家の最低条件とも言える、成文法の制作が始まることになります。そこでここからは、この時代に作られた日本初の成文憲法である「明治憲法」のその成立と内容、運用方法などについてより詳しく紹介していきたいと思います。


明治憲法
サイトマップ


[1]このページのトップへ [0]ホーム

Copyright 日本の憲法 All Rights Researved.